ニコニコ動画が持つバーチャルなセルフアクセスラーニングスペースとしての機能に関する考察~香港出身の日本語学習者の言語学習史をもとに~ The social networking service “Niconico Douga” as a virtual self-access learning space: An analysis of the language learning history of a Japanese language learner from Hong Kong

中井好男,同志社大学日本語日本文化教育センター
Yoshio Nakai, Doshisha University Center for Japanese Language and Culture, Japan

Nakai, Y. (2018). The social networking service “Niconico Douga” as a virtual self-access learning space: An analysis of the language learning history of a Japanese language learner from Hong Kong. Studies in Self-Access Learning Journal, 9(2), 179-195. https://doi.org/10.37237/090209

Download paginated PDF version

要旨

本稿は、香港出身の日本語学習者Aさん(仮名)が行ったJFL環境下で独学による日本語学習に関する論考である。Aさんは香港では学校などでのフォーマルな日本語教育を受けた経験がなく、日本語に興味を持った中学生のころからニコニコ動画にアップロードされているゲームの実況動画やその生放送を用いて自力で日本語を学んできた。Aさんはゲームを楽しむ、あるいは攻略方法を知るという目的を持った人たちが集まる実況動画や生放送の中から自身に合ったものを選択し、そこでのやり取りを理解してコメントを発信したり、Aさん自身がゲーム実況の生放送をしたりすることを通して日本語を学んできた。Aさんにとって、ニコニコ動画という場は、ゲームに関する実践を通して日本語が学べる実践共同体であると同時に、自身の目的や日本語レベルに合った動画や生放送が見られる保管庫でもあるバーチャルなセルフアクセスラーニングスペースとして機能していたことが分かった。

キーワード: 日本語学習者、ニコニコ動画、インフォーマル・ラーニング、学習者オートノミー、実践共同体、セルフアクセスラーニングスペース

Abstract

This article explores a language learning experience of a JFL (Japanese as a Foreign language) learner from Hong Kong who uses the social networking service “Niconico Douga”. An analysis of her language learning history revealed that she not only utilized Niconico Douga as a resource bank for learning Japanese, but also that it functioned as a virtual self-access learning space. She learned Japanese language through watching and broadcasting live videos of playing computer games. Niconico Douga acts as a community of practice consisting of people who want to share and exchange information about playing digital games. She acquired Japanese language through practicing in the community of practice that allowed her to participate freely in special interest groups for playing digital games which offered the role models supporting her practice of broadcasting live videos of playing games. The features of Niconico Douga have a great potential for learning Japanese autonomously due to its accessibility and availability of resources.

Keywords: Japanese language learner, Niconico Douga, Informal learning, Learner autonomy, Community of practice, Self-access learning space

近年、インターネット上には、学習のために開発されたサイトやSNSなどを通じた他言語話者との交流の機会が溢れており、言語学習の内容や形式が非常に多様化している。筆者がこれまで関わってきた日本語学習者の間でも、アニメやドラマ、漫画、ライトノベルなどを用いた独学による自律的な日本語学習を経験している人が増加している。本研究を始めたのも、ニコニコ動画を用いて独学で日本語を身につけた香港出身の学習者Aさん(仮名)に出会ったのがきっかけである。ニコニコ動画は動画を共有するサイトで、国内外問わずだれでもアクセスできる。サイトには様々な動画がアップロードされており、動画は視聴するだけではなくコメントをつけることもできる。また、ニコニコ生放送というものもあり、放送主がリアルタイムで映像を流し、その視聴者であるユーザーが放送中にコメントをつけて楽しむことができる。動画も生放送もコメントは放送画面の横に表示されるとともに画面上を字幕のように流れる。特に生放送の場合、ユーザーのみならず動画の放送主にもリアルタイムで共有されるため、放送主とユーザーとのリアルタイムなコミュニケーションが可能となっている(図1参照)。

nakai fig1

本研究は、このニコニコ動画を用いて日本語を学んだAさんの学習経験をひもとき、ニコニコ動画を日本語学習にどのように活用してきたのか、またそれを可能にしたニコニコ動画はどのような特徴を持っているのかについて分析することを目的とする。

先行研究

本研究では、ニコニコ動画を用いたAさんの日本語学習をインフォーマル・ラーニングであると定義する。インフォーマル・ラーニングとは、学校などで進められる構造化された学習ではなく、即興で生まれる活動を通して起こる学習(Cross, 2007)のことで、学習が起こる場所やその形態は多様であると言われている。幼いころからニコニコ動画に慣れ親しんだAさんのように、デジタル機器に囲まれて育ってきた世代は「デジタルネイティブ(Prensky, 2001)」と呼ばれている。この世代の学習者にとって、FacebookやTwitterなどのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、オンラインゲームといったデジタルに関する実践は、彼らを取り巻く社会を考える上で欠かせない構成要素の一つとなっており、言語学習にも注目すべき影響を与えていることが明らかにされている(Benson & Chik, 2010; Kárpáti, 2009; Peeters & Ludwig, 2017)。先行研究では、ゲームプレイヤーがコミュニティサイトなどを通して情報交換をする例(Gee, 2004)やSNSで同じ興味・関心・目的を持つ人たちがコミュニティを形成し、そこでのやり取りを通して学習を進めるといったもの(Kárpáti, 2009)、ゲームを通して言語を身につける例 (Chik, 2011)などが報告されている。このように、SNSやゲームは共通の関心を持つ人たちが集まるコミュニティの形成を媒介しており、デジタルネイティブ世代にとってこのコミュニティは、目的意識を持った人たちが集まり、絶え間ないインタラクションを通して知識を深めたり専門性を高めたりしていく実践共同体(Wenger et al., 2002)や言語学習のプラットフォームとしての機能を備えているということが考えられる。

一方で、インフォーマル・ラーニングは学習者オートノミーに支えられていると言われている。学習者オートノミーというのは「自分の学習に関する意志決定を自分で行なうための能力」である(青木・中田, 2011: 2)。学習を決めるカリキュラムや教師が介在しないインフォーマル・ラーニングは学習に関する意思決定を学習者自身が行うことによって進められる。とりわけ、言語学習にもデジタルに関する実践を用いるデジタルネイティブの場合、時間や場所を問わず様々なリソースにアクセスできるデジタル環境は学習の自律性をもたらす学習者オートノミーの発達と関連していると言われている(Nunan & Richard, 2015)。つまりコミュニティを形成するSNSの一つであるニコニコ動画は、学習者が自由にアクセスできる言語学習のリソースを提供する場であり、継続的な自律学習を可能にする側面を持っていると考えられる。

したがって、本研究では、ニコニコ動画が形成するインターネット上のコミュニティが、デジタルネイティブ世代の日本語学習のプラットフォームとしてどのように用いられているのか、さらに学習を支える学習者オートノミーとどのように関連しているのかを探る。これは、教室を対象とした研究が主流となっている言語学習の研究(Benson & Reinders, 2011)においても、言語学習支援や学習者オートノミーの育成という文脈においても従来とは異なる視点をもたらす鍵となると考えられる(Chik, 2018)。

調査・分析方法

本研究では、言語学習史(LLH:Language Learning History)を用いてAさんの日本語学習に関する経験を分析する。学習経験を振り返ることで意識や行動を記述する言語学習史(Murphey et al., 2004)は、学習者にとっては自身の学習を内省する機会、教師や学習支援者にとっては直接目にすることができない教室外での学習経験を知ることができるなど、指導や支援の在り方を検討する材料になるといった利点がある。本研究では、経験の探索を可能にするライフストーリー(やまだ,2000)の手法に従ってインタビューと分析を行った。インタビューは、2016年7月8日(65分)と2016年7月22日(48分)の計2回実施した。インタビューにあたっては、本研究の目的と調査の方法を説明し、いつでもインタビューを中止できること、公開を望まない情報については研究には用いないことなどを説明し了承を得ている。インタビューは半構造化インタビューの形式を取り、いつ日本語学習を始めたのか、それはなぜなのか、どのように学習を進めたのかといったAさんの学習経験に関する質問を設定してインタビューを進め、さらに聞く必要があると思われたことについては制限することなく広く聞き取りを行った。2回目のインタビューでは、1回目のインタビューで得られた情報を簡単にまとめたものを確認し内容の訂正やさらに思い出したことなどを話し合った。インタビューはすべて日本語で行い、ICレコーダーに録音した。分析の際はこの録音データを文字化し、Aさんが置かれていた状況やAさんが取った行動を時系列に並べ、筆者との語り合いを通して明らかになったAさんの行動の理由やその意味をもとに言語学習史を作成した。完成した言語学習史はAさんにその内容を確認してもらっている。言語学習史の内容は、中学生のころから始めたニコニコ動画を用いた日本語学習、台湾の大学の日本語学科での学習、日本の大学での学習という3つで構成されているが、本稿ではその中から、ニコニコ動画を用いた日本語学習の部分を取り上げる。

次に、本研究の研究協力者であるAさんについて紹介する。Aさんは香港出身の20代の女性で、高校卒業後台湾の大学に進学し、2015年9月に台湾の大学からの交換留学生(当時3年生)として来日した。Aさんは香港ではフォーマルな日本語教育を受けた経験がなく、日本語に興味を持った中学生のころからニコニコ動画を用いて自力で日本語を学んできた。ニコニコ動画での学習を開始した当時はひらがなやカタカナといった文字が読める程度であった。そして台湾の大学の日本語学科に進学して初めて日本語教師に日本語を教わったということであった。

ニコニコ動画を用いたAさんの日本語学習

次にAさんの語りを引用する形で学習経験について記述する。Aさんの発言をそのまま引用した箇所については「 」で示しておく。

ニコニコ動画を日本語学習に用いるようになった経緯

Aさんが日本語学習に関心を持ったのは、中学生のころ同級生である友人が「日本語を勉強する塾」に通い始めたからであるが、Aさんは経済的な理由から塾に通うことはできなかった。そのため、当時「普通に暇つぶし」として見ていたゲーム実況のニコニコ動画を用いることにした。

「自分で50音だけが、50音と、文法、確か、『が』、『は』、『て』、『を』(助詞)、だけ知って、その後でニコ動(ニコニコ動画の略称、以下同様)見て、どんどん勉強する。『が』、『は』、『て』、『を』、四つだけ。(中略)確か、(スピードを4倍速にした)『マリオ』をやっている人の動画を見てて、あの人、簡単な日本語しか言っていないので、ああじゃあ私も分かるかな。」

Aさんはニコニコ動画での日本語学習を始める前に、まず日本語を解説するサイトを用いて文字、簡単な文法と助詞を覚えた。その後、ゲームによっては日本語が簡単であることに加え、「(Aさん自身が好きな)ゲーム解説があるし、日本人もそこにいる」ため、ゲーム実況を学習に用いることにした。

ニコニコ動画を用いた日本語学習の進め方

次に、ゲーム実況の動画の利用方法について紹介する。Aさんの経験によると、日本語学習の方法には、視聴者という立場で行うものと生放送の放送主として行うものの2つのパターンがあることが分かった。まず、視聴者としての利用とは、動画や生放送を選び、そこで話される日本語やリスナーとのやりとりを理解しコメントをするというものである。これには、動画や生放送の選択と動画の学習としての利用方法の2つの段階があり、選択についてはAさん独自の選択基準とそれに基づいた分類がある。次に、放送主としての利用であるが、これは実際にAさん自身が発信者となりゲームの解説を行うというものである。視聴者としての利用し始めたのは日本語学習を始めた15歳のころからで現在も続けて視聴している。日本語学習も意識して視聴していたのは大学に入るころまでで、週に3、4回は視聴していた。放送主として利用し始めたのは、視聴を始めた1年後の16歳からであり、これをきっかけに日本語を話すようになった。放送主としての利用は不定期であったが、平均すると週に1度は行っており、現在でも頻度は少ないが利用しているということである。つまり、ニコニコ動画を使い始めて1年間は視聴のみのであったが、その後は視聴と放送という2つのパターンでニコニコ動画を利用するようになり、現在も継続している。

動画や生放送の視聴者としての学習の進め方

次に、視聴者としての学習の進め方について、動画や生放送の選択とそれを用いた学習方法という2段階に分けて説明する。視聴者として利用する際には、まず動画や生放送を選ぶ必要がある。以下に、Aさんによる動画や生放送の選択の基準と教材としての分類について解説する。

教材として用いる動画や生放送の選び方とその分類  ニコニコ動画のサイトには無数の動画がアップロードされて生放送も行われている。以下に、日本語学習に用いる際のAさんの選択基準について示す(図2参照)。

  1. 話される日本語のレベル:ゲームの種類や内容によって使用語彙や発話の長さが変わる。
  2. 日本語の字幕の有無:字幕に使われる漢字が漢字圏出身のAさんにとって理解の助けとなる。
  3. 放送主の話し方:低音の声で話し方がゆっくり、かつ、抑揚の少ないものが聞きやすい。

上記のような基準をもとに、Aさんは動画を初級、中級、上級と分けている。まず、ゲームの内容であるが、アクションゲームは初級に、ストーリー性の高いロールプレイングゲーム(RPG)はレベルが高く中級から上級に分類される。アクションゲームが初級である理由としては、ゲームの解説として出てくる日本語には、「あ」や「あ~あ」、「落ちた」「死んだ」といったような短く簡単な感嘆詞や動詞が多いことを理由として挙げている。また、アクションゲームは、ストーリーが決まっているため、ゲームの進行に関する説明が少なく、あったとしても比較的理解が容易であるという。一方、中級以上に分類されるRPGは、『バイオハザード』のようなホラーゲームはアイテムの説明が多少難解ではあるものの、ゲームの進行に関しては敵を倒すことが中心であることもあり、叫び声が多く理解しやすい。その一方で『絶体絶命都市』のようなRPGでは、プレーヤーが問題を解決する必要があり、それによってゲームのストーリー展開を変えたりすることもあるため、語彙量が多く解説も長くなりがちで聞き取りも難解になるということである。


Nakai fig 2

『(4倍速)スーパーマリオ』を用いた学習方法  まず、実況動画を用いた学習の基本的な方法について概説する。

「ゲーム解説はたくさんあって、コンテンツ。それを見るリスナーをたくさんいる。コンテンツはレッスンみたいで、そこでたくさんの日本人がコメント付けています。これは全部がまるでテキスト。分からないときはグーグル先生にコピペします。」

Aさんは動画や生放送を作成者や生放送の放送主によるゲームの解説と視聴者のコメントを通して行われる両者のコミュニケーションすべてを日本語の教材として捉え、話される日本語やコメントに使われる漢字やGoogle翻訳を学習ツールとして用い理解を進めていた(図3参照)。

nakai fig.3 (1)

次に、『(4倍速)スーパーマリオ』の生放送を例に、具体的な学習方法について紹介する。

「コメントがでるので、画面とコメントを見て、考えます。分からないときはコピーしてGoogleで調べて。漢字が出たら分かりやすいですが、でも、なんか漢字がないときもあります。例えば、落ちたときに、空耳とかありますよね。例えば、ポア、アホーとかしゃべりながら、みんなのコメントで、ポアという日本語を幾つも漢字を当たって、そうするとまずそこで勉強する。ポアは漢字がなくても、ネットで説明があるので(分かる)。あと、コメントとかGoogleでも意味がない音のときは難しいですね。でも、あ、これは音ですねと画面を見て分かる。」

視聴時はGoogle翻訳を用いるが、マリオが落ちていく音を表現したものや辞書に記載がないものは、Google翻訳では示されない。そのためインターネットで検索をし、画像との関連で意味を推測していく。また、Aさんは、画面から情報を受けとりそれを理解することに努めるだけではなく、そこで行われているやり取りに参加するようにもしていた。

「最初は、記録がありますので、最初調べたけど、最初は点が一つだけ。謎のコメント。多分テストみたいな感じ。押したかもしれない、私。押したんだ。謎のコメント送ってたんだ。その次は、『w』(笑いを示す記号) って押してたんだ。面白い。それで参加するようになって。そのときは、すごく緊張した。あと、『あ』。例えばマリオが落ちたときに、『あ』みたいに。(中略)みんながコミュニケーションして、私も参加する感じです。」

Aさんは点やwといったアルファベットから発信を始めた。そして、他のリスナーが送るコメントを模倣して自身も送信することで、そこで行われているコミュニケーションにも参加するようになった。

生放送の放送主としての学習方法

次に放送主としての学習方法について記述する。Aさんは上述のようにユーザーとして視聴し、コメントに参加するだけではなく、実際に発信する側としても参加するようになった。そして、さらにはAさんも『絶体絶命都市』の実況中継を自身で行うようにもなった。次に放送主としての学習方法について具体例をもとに解説する。

『絶体絶命都市』のゲーム実況を通じた学習方法  まずAさんは実況動画を始める前に、ある人物の動画やサイトを見て、それを自身の生放送のデルとして利用していた。

「私、友達が実況見始めたのは、台湾のブログで、そういう日本の実況動画を紹介するサイトがあって。後で、ブログで、その動画どうして面白いか、幾つ紹介するので、その動画面白いな多分、なのでクリックした。多分、コメントと実況する人、やり方。ちょっとチェックして。コメントが面白いかな。(中略)だからいつもチェックして、この人のようにやっていました。こんなときはどうしてるのかなとか見て自分でもやってみる。師匠みたい。」

この「師匠」と呼ぶ人物が使う語彙や表現を書き留め、自分自身が放送することを想定したリハーサルを行い、実際にオンラインで生放送を行っていた。

「大体、1回放送をやったら、自分の心の中で反省会が開かれる。(中略)流ちょうではない、しゃべっているときに、ずっと止まっている、止まっているとはどうしてだろうって。あとは単語が思い出せない。これを後で反省会で考え直す。そして、もう一回、生放送する。たまに自分、本当に、生かしてやってないな、本当に気になったときあったんですけど、自分の音を聞いて録音して。」

以上のように、Aさんはよりよい放送をするために、生放送後に「反省会」を開き、録音しておいた自身の生放送を振り返る時間を設け、次の対策を考えていたと述べている。

「コメントにひどいのとかも来ましたよ。コメントで「ひどい」って言われてることがありました。何を言ってるのか分からないって。発音がひどいって。だから実際に発音をもらって練習したり。発音が通じるようにならなきゃって。聞いてもらえないですよね。そうしたら、 生放送する時間帯を夜にする。2時とか。そう。多分あの辺、ゲームに来る人が少ないし、優しい人とか。男性のほうが多いと思いますけど。多いですね。その人たちのほうが、優しいっていうか、気にせずにコメントしてくれる。」

また、振り返りにはユーザーからのコメントも利用していた。上記の発言にもあるが、生放送は日本語学習者であるからという配慮など一切ない場であり、Aさんにとっては非常に過酷な状況であったことが予想される。Aさんは少しでもその状況を緩和するために放送時間を遅くすることで参加人数を減らすなどの工夫を行っていた。生放送を実行し、反省会を開き、発音や表現に関してユーザーからもらったコメントを振り返ったり、生放送後にファンと雑談したりすることで分かりにくかったところなどのフィードバックをもらうこともあったということである。

このように、Aさんは生放送の時間を変えるといった調整を施しり、親しくなったリスナーからのコメントを次回の生放送に活かしたりしながら、生放送を続けてきた。

考察

以上がAさんの学習経験であるが、その経験を分析すると、まず、ニコニコ動画が実践共同体として、また、セルフアクセスラーニングスペースとして機能していることが窺える。まず、実践共同体であるが、Aさんが利用していた動画や生放送は、情報収集などを目的としたユーザーが集まりコメント機能を利用しながらゲームに関する知識を深めていくという場であると捉えることができる。また、Aさんはゲームに関する実践への参加を通して日本語を学んでいるが、自分に合う動画や生放送を選択したり、自身の放送内容の内省を行ったりするなど、学習に関する意思決定を行う学習者オートノミーを発揮しながら日本語学習を進めていたことが分かる。Aさんにとって、ニコニコ動画は、目的に合ったタスクや教材が選択できるセルフアクセス(Sheerin, 1991: 143)と日本語を用いた実践が可能なセルフアクセスラーニングスペースとしての機能も有していたと考えらえる。

次に、ニコニコ動画の実践共同体としての機能や学習者オートノミーを促進するセルフアクセスラーニングスペースとしての機能という2つの視点から考察する。

日本語学習を伴う実践共同体としてのニコニコ動画

まず、ニコニコ動画の実践共同体としての側面について考える。

SNSと日本語学習の関連についての先行研究では、教室学習の一部にSNSの一つであるFacebookを取り入れることで、自律的かつ創造的な学習活動が起こったことが報告されている(Nakai, 2016)。これは、Facebookによる学習活動が、学習者に学習そのものの所有意識をもたらし、教室という切り取られた場での学習活動を彼らの生活世界に位置付けたためである。Nakai(前掲)で見られたこのFacebookでの学習活動は、Facebookグループというクラスメートで構成された閉じられたグループの中で起こったものであった。それに対して、Aさんはニコニコ動画で自身の興味関心に基づいた動画を選択し、それに集うユーザーたちとつながっていた。言い換えれば、ニコニコ動画は、様々な不特定多数のユーザーによって配信された動画の保管庫で、それを視聴するユーザーが存在する開かれた世界とつながっているのである。また、ゲームをプレイすることで語彙や表現を覚えたり、学習目的に合わせてゲームをしたりする例が報告されているが(Chik, 2011)、Aさんの場合、自身がゲームをプレイすることよりも、ゲームの攻略をみんなで楽しむ、あるいはその攻略方法を知ることが目的であった。そして、それらの目的を持った人たちによる実況動画や生放送の中でのやり取りを理解しコメントを発信したり、自身が実況動画の放送主となったりすることで必要な日本語を身につけてきた。例えば、Aさんは『絶体絶命都市』の実況動画を視聴しているが、Aさん自身も楽しんでいたそのゲームの攻略法を知るために、その情報が提供される場に参加していた。そして、その情報を理解するために、そこで用いられている日本語を、画面から得られる情報やグーグル翻訳を駆使して解読していたと見ることができる。つまり、Aさんにとって、ニコニコ動画はゲームの攻略方法に関心を持った人たちが集い、動画や生放送を通じてそれを共有する実践共同体であり、ゲームに関する情報を収集するという実践への参加を通して日本語学習が起こっていたと考えられる。

学習者オートノミーを促進するセルフアクセスラーニングスペースとしてのニコニコ動画

次に、学習者オートノミーを促進するセルフアクセスラーニングスペースとしての観点からニコニコ動画の機能を考察する。Aさんの学習の進め方を見ると、次のようなプロセスが見られる。まず、動画や生放送をAさんなりの基準で日本語の難易度を設定し、自身のレベルに合ったものを選択している。次に、Aさん自身が発信する生放送にあたっては、ロールモデルとなる台湾のユーザーの動画を参考に生放送を実践した後、録音した実践やユーザーからの反応を振り返ったりするなど、実践後に内省を行っている。そして、その内省に基づき、生放送での発言内容を修正したり、生放送の時間帯をリスナーの少ない深夜の時間帯に変えたりするなど、生放送の方法に修正を加えている。このプロセスを伴う学習は「学習の目的、目標、内容、順序、リソースとその利用法、ペース、場所、評価方法を自分で選べる」(青木・中田, 2011: 2)能力である学習者オートノミーが発揮された状態であると見ることができる。さらに、Aさんはコンテンツを自分の能力に合う物を探し出す、つまり自分の言語能力を相対的に知っていて、それに見合った内容のコンテンツを選び出しているが、これはAさんのメタ認知能力が高いことの現れであると言える。Benson(2011)によると、学習者オートノミーは、学習の運営、認知的なプロセス、学習内容という3つの側面をコントロールする能力であり、特に認知的なプロセスのコントロールについては、タスクを達成するために必要な状況を把握し、それに見合うように現状を調整できることであるとされている(O’ Malley and Chamot, 1990: 138)。したがって、Aさんの学習プロセスは、Aさんの学習が認知的なプロセスをコントロールする学習者オートノミーが発揮されたものであることを示していると考えることができる。

しかしAさんがこのような学習を進めることができたのは、もちろんAさん自身の能力もさることながら、ニコニコ動画が持つ実践共同体としての特徴も影響を与えていると考えられる。ニコニコ動画には、コンテンツを選ぶ、視聴するかどうかを選ぶ、生放送にコメントをする、つまり参加するかどうかを選ぶという選択の自由がある。また、参加度についても、一視聴者として見るだけという周辺的な参加であったり、コメントを発信する、あるいは自身が放送主になるといった中心的な参加もある。コンテンツの豊富さとその選択や参加を妨げないニコニコ動画の環境は、Aさんの学習者オートノミーという能力を育み発揮を促していたと見ることができるのである。

まとめ:バーチャルなセルフアクセスラーニングスペースとしてのニコニコ動画

以上、ニコニコ動画を用いた学習とニコニコ動画が持つ特性について考察した。ニコニコ動画は実践共同体としての特徴を備えており、選択や参加の自由が保障されている場であると同時に、オートノミー育成と発揮に親和性の高い場であることが分かった。Murray(2018)によると、社会的なスペースとしてのランゲージカフェは、学習を促進し、人的ネットワークを構築するアフォーダンスを備えており、学習者には学習へのアクセスのしやすさから学習との接点が生まれやすい。また、人とのつながりがサポートになるだけではなく、なりたい自分を築いていくきっかけをもたらすと分析している。Aさんの経験を見ると、ニコニコ動画には、ゲーム実況という実践を可能にする様々な機会が提供されている。また、生放送などを通じて人とのつながりを築いたりゲーム実況のロールモデルを見つけたりすることもできる。つまり、ニコニコ動画という場は、インターネット上にあるバーチャルな空間ではあるが、Murray(前掲)の指摘する特徴を備えたものであり、バーチャルな社会的学習スペースであると言える。学習のデザインとは、自分がどうなりたいのか、どういうところに所属したいのか、またそれを可能にするためにはどのような実践をするのか、そしてその実践にどんな意味づけをするのか、というように学習の目的と意味を見出していくことであるとされており、生涯学習へとつながるための重要な要素である言われている(Deakin Crick, 2014)。今回の研究では、Aさんには過去の学習経験の中で思い出せない部分があった。それに加えて、ニコニコ動画での学習場面を実際には観察していないため、Aさんの経験を全て忠実に記述できたとは言えない。しかし、これらの点を踏まえ、ニコニコ動画を用いた学習経験者についてのさらなる調査や実際の学習場面の観察などによる分析を進め、ニコニコ動画のようなSNSが持つバーチャルなセルフアクセスラーニングスペースとしての機能について検討することは、日本語に直接触れる機会が少ないJFL環境における日本語学習や生涯学習を見据えた継続可能な自律学習を考える上で非常に意義があると言えるだろう。

Acknowledgments

本研究を進めるにあたり、インタビューにご協力してくださり、貴重な経験について語ってくださったAさんに改めて感謝を申し上げたいと思います。また、この研究はJSPS科研費 JP17K02874の助成を受けたものです。

Notes on the Contributor

同志社大学日本語日本語文化教育センター助教。大阪大学大学院文学研究科にて博士号(文学)を取得。日本語教育に携わっており、学習者オートノミーやアイデンティティをテーマとした質的研究を行っている。

References

青木直子・中田賀之 (2011).「学習者オートノミー―初めての人のためのイントロダクション―」青木直子・中田賀之編『学習者オートノミー―日本語教育と外国語教育の未来のために―』 序章, ひつじ書房, 1-22.

Benson, P. (2011). Teaching and researching autonomy (2nd ed.). New York, NY: Routledge.

Benson, P., & Chik, A. (2010). New literacies and autonomy in foreign language learning. In M. J. Luzon, M. N. Ruiz-Madrid, & M. L. Villanueva (Eds.), Digital genres, new literacies and autonomy in language learning (pp. 63-80). Newcastle, UK: Cambridge Scholars.

Benson, P., & Reinders, H. (Eds.). (2011). Beyond the language classroom. London, UK: Palgrave Macmillan.

Chik, A. (2011). Learner autonomy development through digital gameplay. Digital Culture and Education, 3(1), 50-64.

Chik, A. (2018). Learner autonomy and digital practice. In A. Chik, N. Aoki, & R. Smith (Eds.), Autonomy in language learning and teaching: New research agendas (pp. 73-92). London, UK: Palgrave Macmillan.

Cross, J. (2007). Informal learning. San Francisco, CA: Pfeiffer.

Deakin Crick, R. (2014). Learning to learn: A complex systems perspective. In R. Deakin Crick, C. Stringher, & K. Ren (Eds.), Learning to learn: International perspectives from theory and practice. Abingdon, UK: Routledge.

Gee, J. P. (2004). Situated language and learning: A critique of traditional schooling. New York, NY: Routledge.

Kárpáti, A. (2009). Web 2 technologies for net native language learners: A “social CALL”. ReCALL, 21(2), 139-156. doi:10.1017/S0958344009000160

Murphey, T., Chen, J., & Chen, L. C. (2004). Learners’ constructions of identities and imagined communities. Learner’s stories: Difference and diversity in language learning (pp. 83-100). Cambridge, UK: Cambridge University Press.

Murray, G. (2018). Researching the spatial dimension of learner autonomy. In A. Chik, N. Aoki, & R. Smith (Eds.), Autonomy in language learning and teaching: New research agendas (pp. 93-113). London, UK: Palgrave Macmillan.

Nakai, Y. (2016). How do learners make use of a space for self-directed learning? Translating the past, understanding the present, and strategizing for the future. Studies in Self-Access Learning Journal, 7(2), 168-181. Retrieved from https://sisaljournal.org/archives/jun16/nakai/

Nunan, D., & Richards, J. C. (Eds.). (2015). Language learning beyond the classroom. New York, NY: Routledge.

Peeters, W., & Ludwig, C. (2017). ‘Old concepts in new spaces’: A model for developing learner autonomy. In M. Cappellini, T. Lewis, & A. Rivens (Eds.), Learner autonomy and web 2.0 (pp. 115-140). Bristol, CT: Equinox.

Prensky, M. (2001). Digital natives, digital immigrants part 1. On the Horizon, 9(5), 1-6. doi:10.1108/10748120110424816

Sheerin, S. (1991). State of the art: self-access. Language Teaching, 24(3), 43-157.

Wenger, E., McDermott, R., & Snyder, W. M. (2002). Cultivating communities of practice: A guide to managing knowledge. Boston, MA: Harvard Business School Press.

やまだようこ (2000).「人生を物語ることの意味:なぜいまライフストーリー研究か?」『教育心理学年報』 39,152.